工芸品的家つくり

自分塾

  • 自分塾「家」

」とは家族や親族、家格や家柄であり、家屋や住宅のこと。

」をつくることは、社会に貢献すること。
美の意識をもって「」造りに関り、記憶に残る景観を産みだすことを使命とする。
」を持つ者と造る者が思いを共にし、「共生する継続の風景」を創造するために学ぶ。

「家塾」 と命名し。''

  • 」造りについて学習する。

景観と「


」持続するデザイン

明治から大正にかけて建造され国宝や重要文化財に指定された建築物が、100年を経てもなお美しいのは、明治の建築家がつくりだした様式美の価値を証明している。(保存運動の尽力した方々の努力も大きい。)

それに比べ戦後、特に近年の建築が30年ほどで解体される現状は非常に情けない状況だ。
自己主張をしすぎ、流行を追いすぎた結果、50年後を見据えた構造やデザインとなっていないことが原因だろう。
新しい材料や技術・高額な予算が必ずしも物を長持ちさせることに繋がらないのは、もったいないことである。
また、古いものより新しいものが良いと考える風潮を見直していかなければ時代の連続性は失われるのだろう。

  • 建築様式について


    1870年 ジャポニズムから
    1868年の明治維新後日本の美術がヨーロッパに影響。
    アーツアンドクラフト(ウィリアムモリス)
    生活と芸術の一致

1894年 ブリュッセルのタッセル邸
アールヌーボー


理想 の形態

素朴なもの。丈夫。

豊かな装飾は権威と地位の荘厳化
「形態は機能に従う」ルイス・サリバン・・・モダニズム
「建築に機能的な責任はない」フィリップ・ジョンソン・・・ガラスの家

お茶

佐々木道誉 1296年~鎌倉時代末期~南北朝時代武将 守護大名
   婆沙羅大名 「太平記」足利政権の立役者 闘茶
足利義政 1436年~室町時代中期~戦国時代初期 室町第8代将軍
銀閣寺 善阿弥(河原者)能阿弥 東山文化(侘寂)1477年に応仁の乱は終わる
一休 1393年~1481年室町時代 臨済宗 足利義満の時代
村田珠光 1422年~室町時代中期 僧 一休に参禅 
武野紹鴎 1502年~1555年 堺
千利休(宗易)  1522年~1591年
先妻の子 道安  1546年~
2代 千少庵(少庵宗淳)  1546年~1615年 利休の養子 娘婿  千家復興 残月亭
3代 千宗旦(元伯宗旦)  1578年~1658年
4代 千宗左(江岑宗左)

千利休→宗旦
宗旦の前妻(離別)宗拙 継承せず
         宗守 武者小路千家(官休庵)
   後妻    江岑 表千家(不審庵)
         宗室 裏千家(今日庵)
         くれ 久田宗利に嫁ぐ 子(宗全、源三郎)久田流表-千家縁戚
江岑宗左           62歳没
随流斎宗佐  源三郎(養子) 42歳没
覚々斎宗佐(原宗全の長男勘太郎(養子) 53歳没
如心斎宗左 千家中興の祖 47歳没
啐啄斎宗左 65歳没
了々斎宗左 久田宗渓と啐啄斎三女の子 長男(養子)  51歳没
吸江斎宗左 久田皓々斎宗也と啐啄斎四女の子 達蔵(養子) 43歳没
碌々斎宗左 明治維新の混乱期 74歳没
煋斎宗左  明治25年 30歳で家督を継ぐ 75歳没
即中斎宗左
而妙斎宗左

※江岑夏書
随流斎延紙の書
※山上宗二記の研究
茶話抄
不白筆記
※米茶話指月集



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